マイナス × マイナスはなぜプラスか?
1. 物理モデルによる直感的な理解
中学数学で最初につまずくポイントの一つが「負の数同士の掛け算」です。これには工学的なモデルである「速度」と「時間」を用いることで、直感的にアプローチできます。
東西に伸びる一直線の道路を想像してください。「東」をプラス、「西」をマイナスの方向とします。
シチュエーション設定
- 現在の位置: $0$地点にいます。
- 速度 (Velocity): 時速 $-50\mathrm{km}$ で走行中。
(マイナスなので、西に向かってバックしている状態です) - 時間 (Time): $-2$時間後。
(マイナスの時間なので、2時間前の過去を考えます)
さて、この車は「2時間前」にはどこにいたでしょうか?
現在、西に向かってバック走行で $0$ 地点を通過しているわけですから、時間を巻き戻せば、車は「東(プラス)の方角」からやってきたはずです。
このように、「逆向きの動き」を「時間を遡って」考えると、結果として「正の位置」が現れる。これが物理的な直感による説明です。
2. 代数的な証明 (Algebraic Proof)
しかし、上記の例はあくまで「解釈」に過ぎません。数学においてより重要なのは、「なぜ定義上そうならざるを得ないのか」という論理的必然性です。
この事実は、実数の定義に含まれる以下の3つの公理から自動的に導かれます。
- 1. 分配法則 (Distributive Property):
$a(b + c) = ab + ac$ - 2. 加法逆元の定義 (Additive Inverse):
任意の実数 $x$ に対して $x + (-x) = 0$ が成り立つ。 - 3. 乗法単位元の定義 (Multiplicative Identity):
任意の実数 $x$ に対して $x \times 1 = x$ が成り立つ。
証明の手順
もっとも基本的な例として、$(-1) \times (-1) = 1$ を証明します。
まず、任意の数に $0$ を掛けると $0$ になるという事実から出発します。
\[ (-1) \times 0 = 0 \]ここで、$0$ を $(1 + (-1))$ と書き換えます(加法逆元の定義)。
\[ (-1) \times \{ 1 + (-1) \} = 0 \]ここで分配法則を適用して展開します。これがこの証明の核です。
\[ \underbrace{(-1) \times 1}_{-1} + \underbrace{(-1) \times (-1)}_{?} = 0 \]第一項の $(-1) \times 1$ は、乗法単位元の定義より $-1$ となります。したがって式は以下のようになります。
\[ -1 + \{ (-1) \times (-1) \} = 0 \]この式の両辺に $1$ を足して、左辺の $-1$ を消去します。
\[ 1 + (-1) + \{ (-1) \times (-1) \} = 1 + 0 \]左辺の $1 + (-1)$ は $0$ になって消えます。その結果、残るのは以下の等式です。
(Q.E.D.)
3. Dr.WataWata's Insight
この証明が示しているのは、「マイナス×マイナス=プラス」というルールは、誰かが勝手に決めたものではなく、「分配法則を破綻させないための必然的な結果」だということです。
もし仮に $(-1) \times (-1) = -1$ だと定義してしまったら、分配法則という強力なツールが矛盾を起こし、代数学の体系(そしてそれを利用する回路理論や制御工学)は崩壊してしまいます。
一見すると不思議に思える数学のルールも、実は「全体の整合性(Consistency)」を保つために、そうならざるを得ないようにできているのです。